出来ねえんだらう、ヘツ! 俺アこれでも世界中を渡り歩いて来た人間だア!」
 偉いよ! と、彼は父に悪意を持つて呟いだ。彼は、母に味方してゐたからである。――父の声は、益々高まつた。
「俺のことは、関はないよ、勝手にしろ!」
 勝手にしたら好いぢやないか――と、彼も呟いだ。
「それよりも手前エの息子のことを気をつけろ! 息子に聞かれないやうに要心しろ! 恥知らず奴、皆な恥知らずだ、加けに彼奴は、シンの奴は、ぬすツと見たいな野郎だ、面からして気に喰はねえやア! ――どうせ、手前が生んだガキだ、俺ア知らねえよ。」
 彼は、ぬすツとのやうに呼吸を忍ばせて、窓から抜け出した。そして山本の家へ駆け込んだ。
「跣で――どうしたの?」
 ※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]小屋から出て来た咲子は、彼の赧い顔を見てなじつた。――草花を庭に植えてゐたところだ、といふやうなことを云つてから彼は、
「どうして×××なんかを、持つてゐたの!」
 と、雑誌のことを訊ねた。
「買つたのよ、この間――東京で。」
「さう、――ぢや、さよなら。」と、云つて彼は直ぐに引き返した。派手好みな、嬌慢な咲子の美しい姿が、も
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