文詩が出てゐるわよ、おぢさん。」と云つた。
「ほう!」
「こんなのよ、こゝの処だけ一寸読んで御覧なさい――ホツホツホ、さんざんね、おぢさん!」
咲子は、「父の章」といふ個所を指差して、彼の父に渡した。
「滅茶苦茶に俺の悪口を書いてゐやアがるんだ、畜生奴! もう俺ア、彼奴とは一生口を利かないぞ、カツ!」と、父は母に向ツて怒号した。
「詩ですつて?」
「田舎芸者を妾にもつて、女房にヤキモチを嫉かれてゐる間抜け爺――そんなやうなことが、一杯書いてあつた。……元来、貴様が馬鹿だからだア、倅の前も関はず、云ひたい放題なことを云やアがつて。」
「自分が、行ひさへ……」
「何だつて、行ひだつて? もう一遍云つて見やアがれ、ぶん殴るぞう。――何を云やアがる、手前は何だ、手前は何だ、手前エこそ俺の顔に……」
父の激亢の声が、何だか彼には、笑つてゐるものゝやうに聞えた。
「叱ツ!」
「手前エこそ今に、息子の碌でもない詩に書かれないやうに要心しやアがれツ!」
「声が大きい。」
彼には、父の云ふ意味が好く解らなかつた。
「手前エには、な、何だらう、倅の前かなんかでなければ大ツ平に俺のヤキモチを嫉くことも
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