ぢやない、身が縮む思ひがしたよ。」
「フツフツフ、意久地のない奴だな。僕は、また、親父がカンカンに怒つてさ、シン、シン、シン、シン――と、斯う怒鳴るのを聞いてゐると、何だか、それは名前ぢやなくつて、景気好く釘でも叩き込む音のやうな気がして、胸の透《す》く思ひがしたぜ。」
「笑ひごとぢやないよ、俺ア随分痛かつたからな!」
「名前」は、斯う云つて今更のやうにそれを思ひ出したらしく、頭をさすつた。
 彼の父が、玄関を入ると怒鳴つた。
「シンの奴は居るか?」
 その勢ひがあまりすさまじかつたので、彼の母は、居ない――と、かくした。彼は、奥の書斎で机に噛りついて、詩を書いてゐた。
「何処へ行きアがつたんだ?」
「さア。」
「畜生奴! 帰つて来やアがつたら――」
 それらの言葉が手に取るやうに彼に聞えた。
「どうなすツたの?」
「赤ツ恥をかいちやツた。」と、叫んで、少し落着いてから父は、次のやうなことを説明した。
 山本の家(近所の父の友人)へ行くと、娘の咲子が、化物のやうな画の描いてある表紙で、「十五人」とか「十七人」とかといふ変な名前の薄ツぺらな雑誌見たいなものを持つて来て、
「シンちやんの散
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