た汽車の中に、厭に取り済して乗つてゐる自分を、チラリと見るやうな想ひに打たれたりした。
「ピー、ピー、ピー。」
斯うやつて、犬でも呼ぶやうに口笛を鳴してゐると、今にもその辺の蔭から、
「何だい、何の用だい、僕アお前などに呼ばれる用はない筈なんだがなア。」などと云ひながら、迷惑さうに自分の「名前」が出て来さうな気がした。
「やア、S・タキノ!」
斯う云つて彼は、その傍に寄つて行つた。
「君は、誰だい?」と、「名前」が云つた。
「S・タキノさ。――だが、そんなことは如何だつて好いぢやないか、名前位ひのこと。」
「好いけれどさ、他の名前を呼ばれゝば俺は、返事はしないからね。S・タキノでなければ――どうも、その生れて来て以来の習慣でね――H・タキノと云へば、やつぱりあの親父……」
「解つてゐるよ、馬鹿/\しい――。シンの奴、シンの奴! 斯う云つて何時か親父が、おそろしく怒つたことがあつたつけな。」
「うむ、あつた/\。」と、云つて「名前」は気色を雲らせた。
「あの時は、俺は、随分面白かつたよ、シンの奴、すつかり参つたね。」と、彼は、相手を嘲弄した。
「僕ア、面白いどころぢやなかつたぜ、冗談
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