うな重味のある声を出して見ようかな?)
彼は、口笛を止めて変な咳払ひをした。母はそれに一層反感を持つたらしく、
「それでも、人間のつもりか。」と、口惜し気に呟いた。
「…………?」
いつもならこんな場合に、極めて図太い度量を持つて、馬耳東風に聞き流すか、或ひは易々と相手を嘲笑ひ反すのが常だつたが、ふつと今彼も、母の詰問を自分に浴せて見た。――だが、これだけはまさか疑ふわけにもゆかない――ほんとに彼は、そんなことを思つた。――(たゞ、私は、あなたのやうにそれ[#「それ」に傍点]であることに、一抹の誇りも持たない者なのです。)
さつきから彼は、自分の名前が、自分の知らない間に活動する? などといふことを、酷く濁つた頭で「不思議」に考へてゐたのであつた。夢で、自分の姿を見るやうに、気付かずにゐたところを写された写真を見るやうに、「考ふるが故に吾在り」の吾は、何も考へてゐない存在で、多少でも考ふるが故の吾は、別にその辺の隅にでもかくれてゐるやうに、彼は、ぼんやり、極めて単純なことを、「不思議」に、非科学的に想つてゐたのだ。
「名前」が活動するんだから一層|怪《おか》しい……彼は、すれ違つ
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