が可笑しかつた。
「如何いふ了見なの?」
「了見ツて?」――彼は、今母と何か云ひ争ひをしかけてゐたのを忘れてゐた。
「お前は、一体何なんだい?」と、母は努めて落着いて訊きたゞした。
「煩いなア! 私は、私ですよ。」
「幾つだい、年は?」
「親の癖に、子の年を知らないの?」
「知らないよ。」
「二十九歳。」
彼は、さう云つて悠々と煙りを吹いた。
「そして何なの?」
「幾度同じことを聞くんですね! 僕は、何でもありませんよ、――人間だよ、二十九歳の――」
彼は、庭に眼を放つて、ピーピーと口笛を吹いた。そして火鉢の傍に投げ出してあつた金を、徐ろに懐中に容れた。――(お蝶にやつてしまはう。)さう思つて彼は、清々としたかと思ふと、直ぐまた斯んなことを考へた。(お蝶の奴、益々俺を尊敬するだらうな、何と云ふだらう、お光を呼んで、二人でお辞儀をするだらうな、ホツホツホウ。)――彼は、他人から感謝の礼などされたことがなかつたから斯んな空想が殊の他物珍らしかつた。――(突然なんだから一層彼女等は喜ぶだらう。よしツ、そこで一番! お光が大きくなつたら、一番俺が妾にしてやらう、と、斯う見るからに信頼されさ
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