て見れば、別段何もありやアしないや。普通の息子なんだ、自分で自分のことを仕様のない人間だ! と、自分に思はせるやうにしたのは……」
「お黙り!」
「…………」
「一体お前は何のつもりなの? 如何いふ了見なの? ――幾つになるまで親を瞞すつもりなの?」
「瞞す?」
「やれ、学校の研究科へ通つてゐるの、新聞社に務めてゐるの……大うそつき奴!」
「……」――何アんだ、そんなことか! と彼は思つた。「えゝ、えゝ、どうせ大うそつきですよう、だ。」
 斯んな馬鹿気た争ひをしてゐるよりも彼は、思はぬところで、飛んだ儲け物をしたので、上の空でその金の使ひ道を考へてゐた。――(面白い/\。俺の名前が、俺の知らない間に役に立つてゐるなんて、一寸不思議な気がするぢやないか。それにしても親父が死んで以来、こんなウマイことに四度も出遇つてゐるぢやないか、ひよツとすると俺の知らない間にも斯ういふ儲けがあつたのかも知れないぞ? まアいゝや、そこで…… チエツ、バカ気てゐらア、これツぽツちの金で、想像をたくましくするなんて――)
 彼は、父が死んで以来、例へば金に就いて考へるにしても、その額面が急に大きくなつてること
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