の家が競売になつて、第何番目かの抵当保持者である彼に、返済された金なのださうだつた。
「あそこまで、そんなことになつてゐたのかね!」
「どうだか、僕だつて知らなかつた。」
「だつて名前が……」と、母は、変に静かな調子で変な笑ひを浮べた。
「僕の名前なんて、どうせ普段から滅茶苦茶なんぢやありませんか――好い面の皮だア長男だなんて!」
彼は、如何にも迷惑さうに不平を洩して、世俗的な常識に長けてゐる者らしく眉を顰めたりした。
「そんなことを云ふものぢやない。」と、母も云つて顔を曇らせた。その色艶のあまり好くない、だが眼立つほどの皺もなく、そして干からびてはゐない容貌を見ると彼は、極めて非常識な反感をそゝられた。――そして彼は、また死んだ父の顔を徒らに想ひ描いたりしながら、何といふわけもなくバカ/\しい気がして――(フツフツフツ……。馬鹿な連中ばかしが、好くも斯うそろつたものだ!)などと思つたりした。
「いくら僕が、仕様のない人間だからと云つたつて、ですね。」
彼は、胸を拡げて開き直つた。(何か、ひどく尤もらしい文句がないかな? 何か? 何か? ――)――「それほど仕様のないことなんて考へ
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