就いても相当の思慮があるんだといふ風に云つた。「石原が金を持つて来たのは、ぢや、それだな? 三千円――此方が欲しいや。」
「ほんとにね。」
 間もなく彼女の一家が、大崎からこゝへ移つて来た。彼は、彼女の母と(何でも彼女の母が彼のことを、ケチだ! と云つたり、威張つてゐる! と称したり、彼の母のことを、息子に対して冷淡だ! などと彼を煽てるやうに云つたり、一度位ひ来るのが当り前ぢやないか! と批難したり、彼の父が、一度訪れた時、大変景気の好さゝうな法螺を吹いて、泊りはしなかつたのに「さんざツぱら酒を飲んで」、帰る時に小供に小使ひ一つ与へなかつた、「田舎の人は、やつぱり呑気だねえ、お前エらお父ツちやんは、屹度永生きをするだらうよウ、お前エは幸福《しあはせ》だよウ。」などと云つて、遠回しな厭味を述べたり――)、醜い云ひ争ひをして、ヲダハラへ移つてしまつた。ヲダハラではまた彼は、自分の両親と醜い云ひ争ひをして、間もなく伊豆の方へ逃げ伸び、山蔭の、畑の見張り番でも住みさうな茅屋に一年も住んだ。
 父が死んでから間もなく、彼が東京・牛込に間借りをしてゐた頃、周子の母が来て、
「ほんとうに、親類ほど
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