つて三方の幕を降してしまつた。
「これぢや勉強が出来ないでせう。」
「いや、そんなことは心配しないでもいゝさ。」
彼は、さういふより他はなかつた。勿論、この寒さに、この吹きツさらしの二階などに籠つてゐることは、どんなに彼が「アブノルマルの興味」を主張すべく努めても、第一寒くてやり切れないのだが、まア仕方が無いとあきらめたのである。
階下は、割合に広かつた。尤も、この二階と、下の二間は古い母屋にくツつけて、三年も前に建てかけたのであるが、その儘で完成させなかつたのである。母屋の方だつて、地震に遇つた儘何の手入れも施してなかつたから、唐紙は動かず、壁は悉くひゞ割れてゐた。彼が、周子と結婚した当座、半年ばかり二人だけで母屋の方に住んだ。さうだ、三年ぢやない、建増しをしかけたのはその時分のことだつたから。――英一は、もう四歳になつてゐる。
その頃、この家が彼の「名儀」のものであるといふことを彼は、たしか周子から聞いて、名儀とは何か? と思つたことがあつた。
「抵当なんですツて!」
「へえ、シホらしいね。だが俺の名儀だなんて怪《おか》しいぢやないか?」
「さうね。」
彼は、こういふことに
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