ら夜おそくまで斯うして、この部屋に丸くなつてゐた、ドテラを二枚も重ね着して。――また、バカに寒い日ばかりが続く正月であつた。
 天気が好いと彼は、三方の幕をはらつて、丸くなつた儘外の景色を眺めた。――南側は、西国回りの旅人が初めに詣でる大きな仏閣の、厨房に面してゐた。北側の窓は、腰高だつたから、坐つてゐると青空と、眼近かの火見櫓が見ゆるだけだつた。そこには、いつでも黒い外套を着た見張り番が、案山子のやうに立つてゐた。彼は、時々筒形の遠眼鏡《とうめがね》をトランクから取り出して、射撃をする時のやうに一方の眼を閉ぢて、見張番の姿を眺めた。ものゝ好くない、加けに昔の眼鏡だつたから、肉眼で見るよりも反つてボツとした。いくらか対照物が大きくは見へたが、線が悉く青地に滲んでゐた。如何程視度を調節しても無駄だつた、それでも彼は熱心にそんなものを弄んだ。はつきり見へるよりも反つて興味があるんだ、などゝ呟いだ。西側の窓は、キリスト教会堂の裏に接してゐて、朝からオルガンの練習の音が聞えた。それが時々俗曲を奏でた。仏閣からは、御詠歌の合唱が聞えた。
 少しでも風が出たり、曇つたりして来ると直ぐに彼は、立ち上
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