「これは俺が、持つて行くんだ、自分で持つて行くんだ。」
「ふざけるのは止して下さいよ、折角積んだものを――。何さ。そんなガラクタ!」
彼は、むきになつて、歯ぎしりして女の頬つぺたを抓つたりした。
「べら棒奴!」などと、彼は不平さうに云つた。――「玩具になんぞされて堪るものか。」
賢太郎は、困つた顔をして階下に降りて行つた。一体周子の、弟や妹たちは十代の子供ではあるが、他人の物も自分の物も見境ひのない性質だつた。彼が留守だと、その机の抽出をあけて書簡箋にいたづら書きをしたり、悪意ではないんだが、他人から借りた物は返し忘れて紛失させたりして平気だつた。
「冗談ぢやない!」と周子は云つた。そして、彼の言葉に卑屈な針が潜んでゐるやうに感じた彼女は、
「ケチ!」と、附け加へた。
彼は、故意に、なかのものがこわれやアしないか、といふやうに疑り深い眼を輝かせて、蔭にかくれて秘かに蓋をあけて見たりした。――実は彼自身、今まで押入れの隅に放り込んだまゝ、すつかり忘れてゐたのだつたが、斯んな場合に強ひてゞも、そんな真似がして見たかつたのである。自分にだつて「秘蔵の物」「他人の手に触れられたくないもの
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