振舞つたことはなし、そればかりでなく周子にも、一日だつて主人らしい行ひをしたことはなし……)
 何と彼等は頼りない感じだらう――そんなことを思つてゐると彼は、わけもなく可笑しくなつたりした。
「どうしたんだ?」
「賢太郎は、そりやアもう好く働くわよ、これ、あらかたひとりで……」
 周子は、さう云つて、だらしなくからげて転がつてゐる夜具の包みなどを指差した。賢太郎は、シヤツ一枚になつてセツセツと、もう一つの包みを拵へてゐた。
「どうするんだ、質屋にでも持つて行くのか?」と、彼は訊ねた。
「何を空とぼけてゐるのさア! あなたも少しはお手伝ひなさいよう、日が暮れてしまふと大変だから――」
 うきうきとして周子は、さう云つた。引ツ越しなのである。芝・高輪の周子の両親、兄弟達の住んでゐる家へ同居する為に、相当彼が好んで住んでゐるこの家を今、彼女等は、畳まうとしてゐるのだ。
「厭だなア」と、彼は嘆じた。包みの上に腰を降して、煙草を喫した。いつも光りが軒先きにさへぎられて、この部屋は昼日中でも幻灯ほどの明るさだつた。こゝで蠢いてゐる自分達の姿を彼は、水族館の魚類に例へたり、軒先に限られて、狭く青ずん
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