テレ臭さうに弁解した。
 藤井は、更ににや/\と笑ひながら、
「斯うやつて、毎晩、酒を飲みながら君は、詩を考へてゐるの?」と訊ねた。
「……うむ。」と、彼はおごそかに点頭いた。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

 芝・高輪から彼が、此処に移つて来たのは晩春の頃だつた。――東京に来てから二度目の家であつた下谷の寓居を、突然引き払つて芝に移つたのは、前の年の暮だつた。
「随分、引ツ越し好きだね――折角、東京に来たといふのに、さつぱり落着かないぢやないか。」などと知合の者に問はれると、
「どうも、せめて居場所でも変らないと……その、気分が――ね。」
 そんな風に彼は、余裕あり気に答へた。彼は、気分も何もなかつた。引ツ越しは、嫌ひなのである。
 暮の、三十日だつた。午頃、いつものやうに彼は、二階の寝床の中で天井を眺めてゐると、階下に何かドタドタと聞き慣れない物音がした。
(おや――今時分になつて、煤掃きでも始めたのかな!)
 普通の家らしいことをするのが、出京以来特に、妙に気が引けてゐた彼は、そんなに思つて苦笑した。――(たしか賢太郎が泊つてゐたな? 姉の夫は、さつぱり兄らしいことを
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