非ヒロイズムを呟きながら、がくんがくんと玩具のやうに首を動かせた。何だか眼瞼が熱くなつて来る気がした。
「困ツたなア!」
藤井は、さう云ひながら彼の細君の方を顧みて「やつぱり僕ぢやいけなかつたですね……石原さんに来て貰つた方が好かつたんだがな――」と云つた。
「誰だつて同じよ。」
周子は、煩さゝうに突ツ放した。
「毎晩、こんなに飲むんですか?」
「毎――晩!」と周子は、力を込めて、うつ向いた。バン[#「バン」に傍点]のン[#「ン」に傍点]が曇りを帯びてゐた。
「心馬悪道に馳せ、放逸にして禁制し難し……どうだ藤井! 景気の好いお経だらう……心猿跳るを罷めず、意馬馳するを休まず――五欲の樹に遊び、暫くも住せず……あゝ。」
「…………」
「俺ア……」
藤井は、また彼が調子づいてどんな野蛮なことでも云ひ出すか解らない、それにしてもさつきからの雑言は如何だ! 一本皮肉を云つて圧えてやらう、と思つて、
「簾をかゝげて、何とか――なんて、君はいつかハガキの終ひに書いて寄したが、簾なんて何処にも掛つてはゐないね。」と、笑ひながら側を向いた。
「……ありア、だつて君――詩だもの。」と彼は、不平顔で
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