でゐる空を覗いて、水の表面を見あげた魚のつもりになつたり……いろいろ彼は、そんな風に甘く、寂しく、楽しい夢を貪つては、この頃は、そつと生きて来たつもりであつた。――もう、あの夢もお終ひか! 彼は、そんな気がした。
「だから、昨夜あれほど念をおしたぢやアないの? ……さツさツとして下さいよ。」
「さうだつたかね……」
 彼は、酷く退儀に、心細く呟いだ。さう聞いて見れば前の晩、彼女達を相手に、そんな話をしたやうな気もした。
「姉さん!」
 忙しく立ち働きながら賢太郎は、女のやうにやさしい声で、周子を呼びかけたりした。――「うち[#「うち」に傍点]の二階は、そりやア素的よ。日あたりが好くつて、加けに新しいでせう!」
「さうね、この頃はうち[#「うち」に傍点]も随分綺麗になつたでせう。」
「そりやア、もう! 僕、カーテンをつくつたよ、自分で刺繍して……それをね、窓にかけると、とても好いぜ、天気の好い日なんて部屋中がバラ色になつて――」
「ほう! でも折角のところを兄さんに占領されちやツては、あんたに気の毒だわね?」
「僕は、また階下《した》の六畳を素的に拵へるから好いさ……」
「賢ちやん見たい
前へ 次へ
全109ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング