ちしかありやアしないわよ。」と云つて、何に使つた、何に使つたなどといふことを立所に証明した。
「俺ア、知らねえよ。」
「でもいゝわね。この頃は手紙を出さなくつてもヲダハラから、お金が来るからね。」
 彼が、原田の家へ同居してゐることを彼の母はあまり喜んでゐなかつた。彼は、ずつと前に此処に居た頃は、その種の母の不快を察して、それも一つの理由で帰郷したのであるが、今度は、母が明らさまな不機嫌を示さないだけ、彼は、反つてこれ位ひの意地悪るを母にしてやることが、辛くもなかつた。
「お前は、随分親孝行だねえ、感心だよう! ほんとうなら今ぢやお前がヲダハラの主人なんだから、阿母さんの口なんて出させないのが当り前なのに、斯うして書生時分と同じ暮しをしてゐるなんて! ハヽヽヽ、おとなしいんだね、つまり。蔭弁慶……」などと周子の母は、巻煙草などを喫しながら親味を装ふ笑ひを浮べた。と彼は、ワザとこの老婆の言葉に乗せられたやうに、心中の不快は圧し隠して、放蕩児のやうな不平顔をして、
「ほんとうに、バカ/\しいや。」などと呟いた。そして、反つて相手の似非親切に研究の眼を放つた。すると老婆は、益々愉快がつて、
「確りしなよ。油断してはゐられないよ。」
 さう云つて暗に彼に「親不孝」を強いた。
「まつたくだね。」
 こんなに彼は、変な落つきを示して、相手の醜い感情を一層醜くしてやれ! などと計つたりした。
「阿母さんの前に出れア、碌々口も利けないツてエんだから仕末に終へないな、この子はよう、ほんとうに――」
「ほんとよ、お母さん。」と、周子も傍から口添へした。彼は、何となく好い気持だつた。
「間に入つて一番辛いのは、お前だけだのう。」と、老婆は娘に云つた。――「阿母さん任せにして置いたら、後で一番可愛想なのは英一だぜ。」
「どうしたら好いだらうね、お母さん。」
「うちのお父さんも、それを心配してゐるんだよ。」
「あたし、ヂリヂリしてしまふわ。」
「無理もないさ。好くタキノと相談して御覧よ。余計なお世話だなんて思はれるとつまらないからツて、お父さんも。」
「さうよ/\。直ぐにうちのお父さんを悪者呼ばはりをするんだからね。」
「バカだね。うちのお父さんも――。そりアさうと、ヲダハラの阿母さんは髪を切つたかね?」
 老婆は、知つてはゐるんだが、知らん振りをして、彼の、割合にそれに就いては潔癖らしい道
前へ 次へ
全55ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング