る人はないかね。」
 そんなことを、殊のほか無気になつて話し合ふことすらあつた。
 藤村は、実家を追はれて(勿論、型通りに古風な放埒と古風な親の譴責から――)、これもまた殆ど同じ状態で、この町に追はれてゐる私の寓居に二ヶ月ばかり前から滞留してゐるのであつた。私のは、藤村のそれと比べて、一オクタルヴ位の差違はあつたかも知らないが、破境となれば先程の藤村の無稽な比喩が正しくあたつてゐる単純な音響のやうなものである。父親と衝突して斯んな処に逃れ、父親の怖ろしい顔に悸《ふる》へながら、愚劣な日を送つてゐる青年の心の悲しみなどに、何処に同情などを寄せる人が有るべくもない。だから二人は、薄気味悪い程の親しさに打ち溶けてゐるのだ。幸ひにも私が斯んな逃げ場所を持ち、そして母の情をつないでゐたから、斯うしてゐられたものゝ、若しそれがなかつたならば私達は、トンネル工事の手伝ひか、漁夫の弟子にでもなるより他はなかつたらう。
「僕は、漁師の手下にならなれる自信があるが、君はどうだ。」
 藤村は、そんなことも云つた。
「僕は、出船の合図に、法螺を吹く掛りがあるね、あれにならなれる自信があるんだ。ラッパの素養があ
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