―」と、また藤村は云つた。そんなに無理に喋舌らないでも好いのに――などゝ私は思つたりした。――「だが、そんなものを知らない観光団か何かゞ……」
おや、午砲のことを云つてゐるんだな――と私は思つた。
「観光団だつて!」
「さう、いちいち眼を視張《みは》るなよ……」と藤村は、困つて笑つた。
「いや僕は、観光団といふ言葉を聞くと、妙な懐しさを感ぜずには居《を》られないんだ。」
「ミス・フローラか?」
「……………」
私は、点頭《うなづ》くやうな、さうでもないやうな顔をしてゐた。
「今は、煩悩の話をしてゐるんぢやないよ、バカだな。――えゝと、その何処かの観光団か何かゞだね、人力車にでも乗つて歩いてゐるとするんだね、つまり、その丸の内あたりをだね、――その時突然、午砲《どん》を聞いたら如何だらう、と云ふんだ、その驚きは、この驚きに比べて如何だらう、音響のそれと同じく、驚きといふ一つの感情も、或る程度を超えてゐる時には、ドの驚き、レの驚き、ミの驚き、そんな区別のある筈はないね。いや、僕のこの頃の気持では、東京にゐたつて、うつかり午砲などに出遇へば屹度飛びあがるに違ひないんだ……」
「何にしても
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