すり》に凭つて海を見下ろした。
「やア……」
私は、そんな感投詞を放つた。
「止さう/\。」と、藤村は私の袂を引いた。――雨あがりで濁つた水が、渦を巻き、岩にあたつて水煙をあげてゐた。
老婆がひとりで番をしてゐる掛茶屋が、直ぐ背後《うしろ》にあつた。前に来た時私は、そんなものに気づかなかつたやうだ。
茶店に腰を掛けて、前を眺めると、絶壁が空の半ばを覆うてゐる。曲りくねつた松が、水平線の上に突き出てゐる。見えないが、底の方で波が轟々と鳴つてゐる。トンネルの出口が、片眼のやうに凝ツと見ゆる、さういへば、この断崖は達磨の頭のやうな円味を持つて海に面してゐるのだ。
「ビールを飲むのも厭だよ、酔ひさうで……」
藤村は、達磨の頭上を仰いで、そんなことを云つた。まつたく私達が、蠅のやうに翅を休めてゐる位置は、達磨の肩にあたつてゐた。
「お婆さんは、此処に泊つてゐるんですか。」などゝ藤村は訊ねた。
トンネルの中から洩れる音は、筒をあてゝもの云ふやうに、散らずに響いて来る。下駄を引ずる音が聞えた。にぎやかな話声が洩れて来た。――私達は、黙つてトンネルの出口を眺めてゐた。そこを通つてくる風は特別
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