かり》が隈なく満ち溢れてゐた。開け放された窓から射し込んだ光りが、一杯私の顔にまであたつてゐた。――道理で、昏々と眠つてゐた私は、月から滾《こぼ》れ落ちる冷い滴が、乾いた喉をうるほすのに足りないで、水に浮んだ魚の姿で夢中になつてパクパクと滴を貪つてゐた。酒を飲んで寝るので大概私は、何かしら水に関する夢を見るのが常だつたが、この昼間の月の夢は、その滴が、折角|稀《たま》に落ちて来るやつを待ち構へて口に享《う》けて見ると、それは水ではなくて熱い酒なので情なかつた、さう思へばあの月は、色も怪しい……。
「あれは君、月ぢやないんだよ、俺が斯うして投げてゐるグラスぢやないか、ホラ御覧、これさ! 馬鹿だな、月だなんて……」
藤村見たいな男が、斯う云つた。見ると、その手の平には、ありふれたシャンパン・グラスがのつてゐた。
「なアんだ! 道理で……」
「もう一遍投げて見るぜ、今度はうまく飲んで見ろよ。」
「だが酒ぢや御免だぜ、グラスは好いがさつきのあれは、中味は君、オデン屋の酒のやうに生々しく熱かつたぜ。」
「グラスを月と見紛ふ奴には、それで沢山……」
……「おや、やつぱり月ぢやないか、君の方が嘘
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