は、彼女に依つて英文法の実地研究をしたことを、今だに面白く思ひつゞける……。
 私は、煙つた岬を眺めながら、手の平をそつと頬にあてゝ見た。――何といふ温い手の平であることよ!
「俺は、語学か、或ひは昆虫学の研究に今後没頭しようかしら!」
 私は、ひよいとそんなことを思つたが、苦笑も洩らさなかつた。私は、口惜し紛れに途方もない、一種の自惚れを持つたのである。
「漁師の弟子や、畑の番人になるよりは、面白からう。」
 そこまで私は、生真面目に思ひ及んだ時、急に馬鹿々々しくなつて、何処まで自分の心は不真面目なんだらう――そんな気がして、テレた笑ひを浮べ、思はず熱い手の平でポンと景気好く額を叩いた。
 藤村は、未だ眠つてゐた。そして彼は、うつかり此方が聞き返したくなる程の、ウワ言を呟いだ。――もう[#横組み]“Hurrah!”[#横組み終わり]とは聞えなかつた、通俗的な寝言の形容詞通り、ムニヤ/\/\であつた。

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

「おい、もう好い加減に起きないか! 好い天気だよ、今朝は!」
 斯う云つた藤村の晴々しい声で私は、突然夢を破られた。――なるほど、飴色の陽《ひ
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