さうに引ずる私の下駄の音だけが、冴えた。
トンネルを出ると同時に、潮見崎の――と云はうか、環魚洞の――と云はうか、吾々は切られた山の中腹に出て、右の欄干に支へられて、脚下の断崖に眼を落すべく余儀ない環魚洞の出口なのである。
こゝで、このエピソードの冒頭に返る。
[#横組み]“Hurrah!”[#横組み終わり]と、彼女は叫んだのである。この時彼女が、思はず私の手を握つたといふことは、さつきは述べなかつたが、その彼女の感投詞で私が、甘い切なさを感じた時、(なるほど、云ふんだね、そんな感投詞を、とは思ひながらも――)彼女は、その冷い手で私の熱い手を握つたのである。
あゝ! 私は、それが今だに忘れられないのである。景色ではない時に、そんな機会が与へられなかつたことが永久に残念であり、そして私は、あの時の彼女と、あの風景とが、私にとつてたつたひとつの怖ろしい、楽しい夢なのである――と決めなければならないのが悲しい。
だが、手の平の温い人は、心はその反対である、とかといふことを多くの女は云ふ――といふ話を誰かゝら私は聞いたことがあるが、私の手は何時でも温いのである。そんな迷信を信じよう、私
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