めての探勝を試みた日は、アジロ通ひのガタ馬車が円かなラッパの音を撒きちらしながら戛々《かつ/\》と走つてゐた麗らかな夏の朝であつた。
「三日間、ジュンと一処に送つたら病気になつてしまふだらう、ワタシは。」
「僕は、いつも云ふ通り散歩は嫌ひなんだよ、第一どんなに立派な景色を見ても、さつぱり面白くないんでね。」
「それは自分の国の見慣れた景色だから、さう思ふんではなからうか?」
「いや違ふんだ、僕は、嘗て旅行もしたことはないし、この町にだけは何遍か来たことはあるんだが、あの岬の先きまでも行つたことはないんだ、何時でも進んで留守居番だけを引受け通したよ。」
「あはれな案内者ですね。」
「おや/\、いつの間に案内者にされたのかね。唖の案内者を伴れて歩くなんて随分君も物好きな人だよ。」
「ホッホッホ……」
「だがね、唖だと云つてもあまり軽く見て貰はれると僕は、迷惑するんだ。」
私達は、ともかく愉快な気持で、そんな他愛もない会話を取り換しながら夫々杖を曳いて、山を見あげたり海を見降したりしながら一筋の崖道を歩いてゐた。
「ほんたうに――」
私は、半分ふざけた口調で、だが妙な力を込めて思はせ振り
前へ
次へ
全34ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング