そこの風景を想像したゞけでも眼が眩むのである。二年も前の話なんだが。
[#横組み]“Hurrah! Hurrah!”[#横組み終わり]
 私は、岬を望みながら秘かに故意《わざ》とらしくそんな声を繰り返して、胸の熱くなる思ひに打たれた、風景を消して、眼の前に彼女だけを思ひ描いて――。余程の無理をしないと彼女だけ[#「だけ」に傍点]は思ひ描けなかつた、渺たる私たちを環魚洞の風景が執拗に抱きたがつた。
 藤村は、微な鼾をたてゝ眠つてゐる。
 他人の寝顔を覗くなどゝは何といふ非礼な話だらう――私は、自分をそんな風に叱つた。
 ……(彼は、自分が近頃失恋をした相手の人の話などは殆ど聞さないが、間が濃密であればあつた程他人になど話す興味もあるまい。その反対の間であつた私は、稍ともすれば心境を誇張して、失恋の域にも達してゐない程のことを悲し気に吹聴する卑しい癖を持つてゐる。彼こそ斯うして眠りながら失うた恋の楽しい夢路を辿つてゐるに相違ない――夢を醒まさないやうに努めよう。)
 いつの間にか雨の密度が増したらしく、岬のあたりは一抹の滲みを引いて模糊としてゐた。――だが、私が二年程前、彼女とあそこまで初
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