である。――彼女が、さう叫んだ時私は、「なるほど――」と、彼女に微笑を感じたことを思ひ出した。――如何程物凄い絶景に出遇はうとも私には、とてもそんなに快活な声はあげられない。
[#横組み]“Hurrah!”[#横組み終わり]
「…………」
 私も、脚を震はせて石欄に凭り、脚下の怒濤を見降ろしたのであるが――なるほどね、そんな言葉は、初歩英文法の Iterjection の項にだけ引かれる非実際的な模範語かとばかり思つてゐたんだが……なるほどね、云ふんだね、こんな場合に――Hurrah ……。
 異人種との交際に慣れない私は、変に感心したのである。そしてもう可成り打ち溶けてゐる筈の彼女に、今更のやうに新しく、まんまと研究資料にしてやつたほどの白々しさを感じたのである。
 と、だけなら何の今頃思ひ出しても胸を塞がれる思ひもないんだが、同時にこの冷い語学研究生は、絶景に接して放たれた彼女の清らかな亢奮の詞《ことば》に、甘く胸を塞がれる肉感を覚えたのである、そしてたゞでさへ欄干から波を見降ろしてゐる私の五体は、硝子管に化してゐたのが、危く怖ろしい夢に酔はされたのである。――だから私は、今だにあ
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