ぐに違ひないと同様に、反対に気恥しくつて聴いてはゐられない、止めて呉れ! と云つて横を向く習慣に陥つてゐた。
 彼等は風のやうな拍手を浴せ、寂《せき》として私の発声を待つた。――なるほど、慣れたらこれに限るだらう――不図私は、そう思つた。生来私は会話下手で、誰と話すにも第一に相手ばかりを遠慮して思ふことも易々とは云へない質《たち》で憂鬱を覚へるが、これに慣れたら、中空の一方を見詰めて悠々と独白すれば済むわけだから、憚りなしに己れの所存を伝へられ、且つ愉快に違ひなからう――私は堂々と脚をふまへ、ガウンの裾をぴんと肩にはねあげた。
「テテツクスの話は――遠くエヂプト文明の啓蒙期に遡り、Khufu と称ばれる王様の、華麗絢爛の時代にその源を発します。」
 私は重々しい韻律を含めて、悠《ゆる》やかに両腕を拡げながら不思議な声色で唸り出した。――「Khufu 王様は五つの遊星を発見し、科学、天文、測量術を完成し、更にまた神秘この上なき星占術を発明したほどの、比類稀なる大天文学者であることは知らるる通りですが、この王様ですらテテツクスの伝説を弥《いや》が上にも尊敬して、夕べの礼拝堂の神体を黄金の蝉
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