をもつて象り、星占の塔に昇る前の一刻を、この像の脚下にひれ伏して彼女の御機嫌を窺つたと云はれます。」
 私はそこで、水を呑まずには居られなかつた。私の発声を待ち遠しがつて、並居る聴衆は合唱の声を挙げた。
「ちぎれ/\に雲まよふ、夕べの空に星ひとつ、光りはいまだ浅けれど、想ひ深しや空の海、あゝカルデイアの牧人が、汝《なれ》を見しより四千年、光りは永久に若くして、世はかくまでに老ひしかな! ――おゝ、この歌の時代の話だな、世界にこれ以上の古さはないといふ大昔のことだな。」
「さうだ、そんな大昔から今代に至つてまでも今尚ほ信じられてゐる不思議な伝説です。蝉は、オリンパスのアポロとミユーズが地上の人間の行状を見聞さすべくつかはした吾々の監視者であるといふのです。彼女は吾々の生活を細大洩らさず見物してオリムパスの山へ報告します。吾々が聴く彼女の歌は彼女がアポロに告げる準備の歌ださうです。だから王様をはぢめ、道徳家も、盗人も、無頼漢も、カルデヤの牧人が見出した夕べの星が輝き初《そ》むる時刻となると一勢に地にひれ伏して、彼女とミユーズの対面の光景、彼女に依つて告げられるところの己れの姿を想像して、戦
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