求の矢を浴せた。
(親しい者同志の間に於ては、そこに特別な言葉が生じたり特異な習慣が出来たりする現象を吾々は屡々見うけるが、こゝの酒場の常連の間では、何んな会話を取り交す場合にも彼等は、相手の顔を直接眺めることなしに、舞台の上に立つてゐる唱歌者の通りに、いち/\立ちあがつて、ジエスチユアと一処に、会話を歌で交すのが習慣になつてゐた。私だけにはそれが何うしても未だ真似られなかつたのであるが、今が今私は、あの凱旋の光景を思ひ出して有頂天になつてゐたために、「この私の――憂ひを含んだ表情は――」と説明しようとすると、思はず翼でもあるものゝやうにスラスラと爪先立つて酒場の真中に進み出ると、彼等が演《や》る通りな格恰で節をつけて発声したのであつたから、彼等が早合点してお世辞のために悦び迎へたのは当然なのである。)

     二

「あのテテツクスの愚かな伝説は――」と私は歌ふが如く語り出した。調子をつけて語りさへすれば、彼等はあたり前の顔をして聴くのである。真面目に普段の会話法で語ると彼等は、恰も日常の吾々が若し、相手が物を言ふのにいろ/\節をつけて歌つたりすれば、歯を浮かせ、ゾツとして耳を塞
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