なつて懸つてゐたアメリカ・インヂアンのガウンと一対の錆びたフエンシング・スオウルドだけが私の所持品だつたのである。競売の日にこれらの品物だけは買手がなくて、自然私に残されたのであつた。私は他に着るものがなかつたので寄ン所なくこればかりを羽おつてゐたのだ――そして私は、水車小屋の主が何時でも私に借して呉れるドリアンといふ牝馬に、「ロシナンテ」とか「ブセハラス」とかいふ異名をつけて、或時は、ラマンチアの紳士気取りでロシナンテを駆り出し、森の奥へ走つて闘剣の練習をしたり、また或時は街にある叔父さんの家を襲つて物凄い掠奪を縦《ほしいまゝ》にし、村に引きあげる時には、アルベラの戦ひから凱旋する大王アレキサンドルの心を心としてブセハラスの背中で、新たに建てるべき己れの王国について考慮を廻らせたりしてゐた。――町にゐる私の憐れな年寄つた母親は、老眼に涙を湛へて、私のたつたひとりの倅は倒々気狂ひになつてしまつた、案ぜられる――と日夕悲しみの祈りをあげてゐるといふ話であつた。そんなこんな、様々な事情を知つてゐるので執達吏は、「あの合唱の場合に君の歌ふ姿は就中息苦し気だ。」とか、「やぶれかぶれで、そんな身
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