――氷滑りでいけなかつたら、ナンシー・リーで波の上としませう、それともカルデアの牧人で、雲の上でも関《かま》はないな。――こんなにふわふわとした月の光りが一杯の明るい白い道なら、波でも雲でも自由に想像出来るぢやないの! 雲の上を踏んで、飛んで行かう、飛んで行かう。」
などゝせき立てたが応じられる男は一人もなかつた。でも、その言葉に伴れられて怪し気な眼を視開いて見ると、行手の月光を浴びた白い道も、波のやうな麦畑も、薄黒い鎮守の森も――ただ漠々たる三態の雲に見へ、私達はペガウサスに打ち胯がり、トアパイロンの虚空を衝いて、一路オリムパスのアポロの許へ突進してゐる夢心地に襲はれた。
「さう/\、雲の上といふギリシヤ語をあなたは此頃覚へたと云つてゐましたね。これで俺は五つのギリシヤ単語を覚へた――と。テテツクス・蝉、コモイダス・喜劇役者、カタ・コマス、村から村へ……か、コマゼイン――飲んで騒ぐ……でしたね、それから雲の上――パアパア……何でしたかしら?」
「五つばかりぢやない、もう三百以上も覚へてゐる。」
「ほう、いつの間にか――偉いわね、その勢ひだつたら、今年一年もかゝつたら原文で本が読める
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