憎らしいわ、妾、あの下手の横好きの――仁王眼玉の甚太郎!」
「仁王門の前で、呼ぶのは愉快だわね、あたしも一処に声を張り挙げるわ。」
「昼間妾が仁王門の前を通つたら、あの甚太郎が自分のおさらひの会の立看板か何かを仰山に担いで来て、門の傍らに立てゝゐましたよ。憎らしいから、破いてやりませうか。」
「えゝ、破いてやりませう。」
「馬鹿な真似をするなよ。」
 と私は漸く呟いだ。「俺は悦んで聴きに行く。今夜も、これから聴かせて貰ふ、酔つ払ひ共の悪騒ぎのない晩に、沁々と甚太郎の喉を聴いて……得難い思ひを囚へてやる。」
「五人の者が斯んなに一列に腕を組んで――」
 また私に奇体な亢奮でもされては困るとでも思つたらしく、娘だか妻だか私には解らなかつたが慌てゝ言葉を改めた。――「斯うして歩いてゐると、道が斯んなに青白く平らで、まるで、腕を組んで氷滑りでもしてゐる見たいぢやありませんか。ホツホツホ……面白い/\! さあ、ラ・マンチア紳士も、ソフオクレスのお弟子さんも、そしてプラトン学校の落第生も、元気をつけて一と思ひに仁王門の前まで、氷滑りをして御覧なさいよ。」
「さうだ/\、皆なで一処に歌でも歌ひながら
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