り、だから彼は飛んでもない時に突然物凄い怒り顔をしたり、カツと口を四角に開いたりする、そして、そのまゝの顔つきで、ぼんやり畑の中に立ち尽してゐたりする事が屡々だつたので、あれは仁王門の傍らに先祖代々住み慣れたもので仁王の真似がしたくなり、仁王のやうな眼つきになつたのか? お目出たい! といふべきか、お気の毒といふべきか! などゝ、はぢめは村の者達に何となく有難がられるかの如き因果の眼で尊重されてゐたが、漸く、近頃になつてたゞの義太夫フアンであつたといふことが解り、村人の眼は憐れみと軽侮に変つてゐるかのやうであつた。その上、そんなに熱心であるにも係はらず彼の芸の拙さと云つたらおそらく稀大なもので、万一彼が批露会でも開いて招かれでもしたら何うしよう――などゝいふ噂さへあつた。何故なら彼は、豊かではなかつたが同情心に富んでゐて、遊蕩児にも貧困者にも一様に人気があつたが、たゞ一つ困つたことには、自分のこんな芸のことだけに就いては、非常に神経質で、若し招待を辞退でもしたら、おそらく不気嫌の色を露骨に現し、敵意さへ抱き兼ねぬ性質があつたからである。)
私の声色を聞いて村人達は思はず笑ひ声を挙げた
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