。ルルさん、水を一杯持つて来て呉れ――」
 二人の大学生は同時に立ちあがつて、鼻と鼻とを突き合せ眼眦《まなじり》を裂きました。そして二人は同時に私を指差し、「あなたの書斎の壁に懸つてゐる二つのフエンシング・スオウルドが僕等の主張に黒白をつけて呉れるでせう。命をかけて、僕達はこれを云ひ張る――さあ、あなたも一処に行つて……」
 と命令しました。
 この始終を傍見してゐた村長は、いよ/\見るに見兼ねて私に云ふのでした。
「マキノ君、この審きは君自身がつけるべきが当然ぢやなからうかね。あの二人は君の友達であるばかりでなく、そも/\彼等に酒を強ひ、ギリシヤの悲劇、喜劇の出生論(怪し気な――)を説いて、彼等の思想を迷はしたのは君ぢやないか。それを君、この場合に当つて、決して君が君の意見を吐かないことは怖ろしい悪徳だよ。今更君がプラトンを主張するんなら何故君は始めから悲劇、喜劇の差別を否定した後に――詩人顔をしなかつたのだ?」
「村長、待つて下さい、僕は、その……」
 と私は弁明しようとするのですが、ガタガタと鳴る頤《あご》ばたきが起つて、どうしても言葉が出ないのです。尤も頤ばたきが起らなくても、
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