ての夜を、凡ての夜を徹して、この幸福な部屋に点り続けることであらう。」と苦しさうに唸りました。
 が、次の晩になると私は、私自身を居酒屋の卓子《テーブル》に妻と一処に見出し、そして丘の中腹にある私の部屋を振り返ると、何んなに木蔭をすかして見ても、そこは真ツ暗で――私は妻が、蓄音機の音楽に合せて水車小屋の若者と手に手をとつて踊り回つてゐる光景を、ぼんやり眺め続けてゐます。
 次の晩は、二人の大学生が、ギリシヤの喜劇役者の語源に就いて火花を散らしてゐるのを聞いてゐます。Aは KOMOIDOS なる喜劇役者といふ言葉は KATA−KOMAS なる即ち「村から村へ流れ渡る」の意から転じて KOMOIDOS といふ言葉が出来たのだ――と主張し、Bは「飲んでは騒ぎ、騒いでは飲む」の意の KOMAZEIN が転化して、あの言葉が生じたのだ――と論及し互ひに一歩も譲り合ひません。あはや、つかみ合ひが生じさうになりさうな勢ひです。――私は、二人の激論家の表情を彫刻家がモデルを眺めてゞもゐるかのやうに見てゐます。
「海辺へ出て決闘をしよう。」
「その気の毒な言葉が云ひ出されるのを俺は待つてゐた。よしツ――
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