癪に触つたから門口の扉を滅茶苦茶に叩きのめした、ところが昨日のあの雨で水嵩の増した水車の勢ひが目の廻るやうな凄じさだ、俺の騒ぎなんて聞へればこそだ、俺は気狂ひのやうに暴れた、水車のしぶきが雨のやうに頭から降りかゝつて俺は何だか勇ましい芝居でもしてゐるやうな好い心地になつて、戦つた、格闘した、角力をとつた、月の光りを浴びながら、クルクル回る水車の影を相手に――、そして、目が廻つて、げんげの花盛りの田の中に、悶絶した……それ合唱だ!
「恋に焦れて悶ふるやうに、恋に焦れて悶ふるやうに――」
常連は手拍子、足拍子をそろへて喉も張り裂けよとばかりに高唱した。
「あの娘が呉れた紅苺を――」
今度は村長が身振りよろしく歌ひ出した。
「うつかり喰べたら毒だつた……苦しい/\堪らない、手あたり次第に掻き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]り、噛み齧つては七転八倒、悶え悶えて跳ね狂ひ、甲斐なく萎れて倒れしは――」
合唱「恋に焦れて悶ふるやうに……」
その村長は、つい此間まで街の歌妓に現を抜かして通ひ詰めてゐたのであるが、いつの間にか財産を倒尽し、名誉職から失墜して、加《おま》けに歌妓には
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