坐つたのである。そして一枚のガウンを二人の肩に掛け、四方山の話を交しながら長閑な村の景色を眺めてゐるうちに、いつか向方の森の上に星が現れ、村里には点々と灯火が光り出したけれど、未だ立ちあがることも忘れてゐた。――(何うしても私は彼の名前を堂忘れしてしまつて思ひ出せないので、皆なが云つてゐる通りに此処にも彼の代名詞を無頼漢と誌したが――彼は、あの翌朝私が酒場に脱ぎ棄てゝ来たといふガウンを、恭々しく届けて来たりして、
「帰つて字引を験べたところ、貴方の仰言る通り案の条Kはサイレントでしたよ。」
「やあ、さうなると何うも返つて私は失礼しちやつたな、ほんとうを云ふと私だつてあの時、あれ程の確信があつたわけぢやなかつたんですが、つい、その言葉の勢ひで……」
「私もその通りでしたよ。こいつは何うも一杯飲み損つたわい。喧嘩を売つて、他人に酒を買はせることを業《なりはい》にしてゐる村一番の無頼漢も、これぢや何うも商買あがつたり……」
「私も歌が自由に歌へるまでは、アウエルバツハには当分行くまいかと思つてゐる。」
 斯んなやうなことを例の特別の声色で、歌ふやうに取り交して別れた。)
「僕は村長に進呈する
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