」と私は手真似して「コリンスといふヒストリアン・デイクシヨナリイには、ちやあんとKがサイレントになつてゐるんだア。」とほき出すと一処に物凄い憎々《にく/\》顔をニユツと相手の鼻先に突き出した。
「何でえ!」
と相手が殺気立つて拳固を突き出したから私も、
「何でえ!」
と応酬して拳固を突き出した。
三
「当分の間僕は酒場通ひは止めることにしたよ。」
「でも、家にゐても何にも遊び道具がなくなつてしまつてお気の毒だわね。あなたの大事なホルン(ラツパ)までもとられてしまつて!」
「大事な――なんてことはないさ。何も要りはしない。何にも無ければ無いで、斯うして俺は何時までゞもお前と話をしてゐる、それだけで万上の満足だ……それからそれへ限りもない夢が綺麗に伸びて行く……その夢を歌にしてお前に聞かせてやることが出来るなら何んなに悦ばしいことだらう――と、不足と云へばそれ位ひのものさ。」
「まア、お上手なお口だこと!」
妻は娘のやうに顔を赤くして、信頼する者の胸に凭り掛つた。私はあの晩の激昂の疲労で三日の間寝室に閉ぢ籠つた後、初めて土を踏み、裏の蜜柑畑の丘に来て、スロウプの草の上に
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