寸私の堅い存在に疾しさを感じたらしく、素早く、
「何とか云へよ。」と囁いた。
 私は、眼と首を横に振つた。
 父は、軽く舌を打つて――直ぐに、また愛嬌好くFに話しかけた。――私は、うつかり素晴しく大きな欠伸をしたのである。
「お前エは、もう帰えれよ。」と、更に父は、私に囁いた。私は、ホッとして立ちあがつた。父とFは、何か私に解らないことを喋つてゐたが、うしろを向いて立ち去らうとした私の熱い耳にふつと父の一言が入つた。
「彼は、Foolish なんだよ。そして時々病ひの発作が来るんだよ。」
「おお、さう、Foolish!」
 Fの言葉は、科学者のやうに冷く澄んでゐた。そして、動くところなくはつきりと断定してゐた。
(Foolish といふ言葉に、軽蔑や嘲笑の意味が含まれてゐないんだな――こいつア、却つてどうも堪らないぞ! 患者にされてしまつたわけだな。……Foolish boy! A Foolish boy!……)
 私は、そんなことを呟きながら石のやうに愚かしく重い体を、重苦しく運んで帰つて来た。私は、祖母と母の前で父を罵倒した。
「好く帰つて来た。阿父さんのやうなお調子者の真似はする
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