その朝は、青く晴れた。薔薇色の陽が深々と部屋の中まで流れ込んだ。Fと私は、夏の話と、いつもの水泳の話に耽つてゐるところに照子が、
「今日は皆なが海へ行きましたよ。妾達には未だ這入れないけれど、散歩に行つて見ませんか。」さう云つてFを迎へに来た。
「お前、泳いで見ない?」とFは、私に云つたのである。
「まだ寒いよ。」
「寒いもんですか、そんなに急いで来たわけぢやないんだが、妾はこんなに汗をかいてしまつた。」と、云ひながら照子は袂からハンカチを取り出して頬のあたりをおさへた。
「この間うちからジュンの水泳の話は、充分聞いたから、今日は実際のところを見せてくれないか。」と、Fは熱心な眼を輝かせた。
「いや、未だ仕事が片附かないんだ。」
「ぢや、仕方がない。」
照子とFは、白い洋傘を並べて出かけて行つた。私は、ほッと胸を撫で降した。――だが私の胸は異様に時めいてゐた。私は、部屋の中を口笛を吹きながらグルグルと歩きまはつた。
日増しに暑くなつて来る、そして毎日海へ誘はれるんぢややりきれない――と、私は思つた。私は、水泳の出来ないことを沁々と嘆かずには居られなかつた。初めから嘘さへつかなけれ
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