んで、ギラリと白刃を抜き放つて見せた。そして仮想の敵を描いて、正眼の構へをした。太刀の方を用ひたかつたのだが、それは重たくてとても振り回せないので小刀を用ひた。何か芝居の真似事をして見せたかつたのだが、私は何の台詞も知らなかつたので、ただ縦横無尽に切りまくつた。長押から槍を取り降して、それをしご[#「しご」に傍点]いて見せもした。かういふ単独の業なら、私も相当巧みだつた。
「なにしろ僕は、武士の子だからね。町人風情の照子とか、毛唐人のFなどは、これが若し昔ならとうに吾輩の手打になつてゐるところだ。」
 裃の肩を脱いで、一休みした時、私は、そんなことを云つて笑はせたが、ふと「まつたく昔なら……」といふ気がした。
「今夜は、仮装会をして遊びませうよ。」と、Fは照子に云つた。
「Fさんはジュンの学校服を借りて大学生になりなさいよ。妾は龍二の野球のユニフォームを借りますわ。」
 多分嘘だらうと私は思つた。

 二三日雨が降り続いた。私は、救はれた思ひがした。終日、机に向つて痴想に耽り続けた。夜になるとFを相手に、相変らず馬鹿馬鹿しい騒ぎをした。照子は、蓄音機の音楽でFにダンスを習つたりした。

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