だ。」と、龍二は云つて「あしたあたり、験しに入つて見ようや。」など呟いた。
「ぢや妾達も海辺へ行つて見ませう、ね、テルコさん。」
 照子は、点頭いて、
「妾達も入つて見ませうよ。波打ちぎはのところで、脚だけ――」と、云つた。
 夏になつたら、皆なで一緒に毎日海水浴へ行かうなどといふことを話し合ひながら、私達は家へ帰つた。――その晩、私は『水泳術』の本を読みながら寝た。

 翌朝、私が起きた時は、もうFの姿は見えなかつた。さつきFが、私を起しに来たのを、私は知つてゐたが、知らん振りをしてゐた。無邪気に眠つてゐる風を装うてゐたのだ。私は、前の晩Fに、自分も龍二達と同じやうに、冷い海で泳ぐと云つたりしたのである。
「龍二や山村は、達者に泳ぐことはたしかだが、漁師の泳ぎであるから見苦しい。」
 私は、そんなことを云つて暗に自分は目覚しい水泳の選手であるといふことを仄めかしたのである。――そして終ひには、彼等の泳ぎ方は馬のやうだなどと露骨に罵倒した。Fは、私の云ふことを信じて、
「ぢや、サドルのある馬には乗れないといふ種類なんだね。」と、冷笑した。
「Fは、アレゴリイが巧みだね。その通りその通り
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