音楽の話、芝居の話、オペラの話、結婚の話などが主に彼女達の話材だつた。そして、そのうちの何れに就いても私は無関係で唖だつた。
 彼女等に取り入る一つの手段として、何か一つ自分も相当の知識を披瀝したいものだ――私は、無暗とあせつたが、凡てが夢になるより他になかつた。
 私は、静かに眼を閉ぢた。……(こんな馬鹿女達を相手にして、焦々するなんて俺も甘いものだな。――)口惜し紛れにそんな独言を浮べて見たが、少しも力が入らなかつた。却つて、甘い悲しさを煽りたてて、不快の度を強めるばかりだつた。
「ジュンは眠つてしまつた。」
 ふと私の耳に、Fの声が伝つた。私は、胸でにやりとして、眠つた真似をした。
「なんとなく気の毒な気がしますね。」
「彼のダッディが、ずつと前彼のことを Foolish だつて云つたことがあります。」
「ホッホッホ。」と、照子は堪らなさうに忍び笑ひをした。

 私の友達の山村と、照子の弟の一年前中学を卒業した龍二と、私と、Fと、照子と蜜柑山の方へ散歩に出かけた。
「秋になると、この辺一帯が黄色い蜜柑ですつかり覆はれてしまひますのよ。」
 照子は、Fの質問に答へて、洋傘の先で眼の
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