そして、凝と静かな陽を浴びてゐた。私は、それらの靴下に凝と眼を注いでゐた。
「退屈だから、ミス・テルコを訪れて見ようぢやないか。」と、Fは云つた。
 勿論私は、極力反対した。到頭Fの感情を害ねてしまつた程、それほど熱心に反対したのである。
 私は、床の間の端に座蒲団の折つたのをあてて、そこを枕にして上向けに寝転んで、黒い天井を眺めてゐた。
 Fと照子は、縁側に近い処に椅子を向ひ合はせて、切りに巧みな会話を続けてゐた。
「テルコさんと知り合ひになつてから、妾は大変幸福になりました。」
「ジュンから聞いたあなたの印象と、お目にかかつて以来の感じとはまるで別ぢやありませんか、ジュンは何といふ嘘つきでせう。」
 照子は、半ば私を意識に容れて、そして私をからかふためにそんなことを喋つた。Fが私のことを自国の習慣に従つて、「ジュン」と呼び棄てにするのを、照子は真似たのである。
「お世辞がうまいでせう。」
 Fは、さう云つて巧みに笑つた。勿論私は、Fと照子が知合ひになつた翌日から、二人からすつかり除け者にされてしまつたのである。彼女等は、私を軽蔑にさへ価しない者として取扱つてゐるといふ風だつた。
 
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