。」
この間照子の前で、Fの悪評を試みたと同じやうに、あの生意気な照子のことを今日はさんざんにこきおろしてやらう――などと私は思つた。
「だつてお前は、この間友達の中で最も好きなのはミス・テルコだつて云つてゐたよ。」
「うむ――。ただテルコは僕に対して非常に柔順だから、僕はつまりペチイに思ふだけさ、愛し方だつて色々な種類があるだらうぢやないか。」
「妾のことを、妾のBがさう云つたことがある。」
Fは、軽く笑つて慎ましやかに眼を伏せた。私は、陰鬱な嫉妬を覚えた。Bといふのは、横浜に居るFと同国生れの青年で、常々親しく往来してゐるといふことを、私は屡々Fから聞されてゐた。
「B君と同伴すれば好いぢやないか。」
「Bは、オフィスの仕事を持つてゐるから日曜日だけしか遊べない。」と云つたFの眼は、私の思ひなしか、悲しさうに見えた。
庭の木々は、輝いた陽を一葉一葉の新緑に受けて、水に映つた影のやうに光つてゐた。私は、静かな庭に眼を放つてゐた。真向きにFを感ずるのが苦しかつたからである。庭木の合間からは、裏の小さな野菜畑が見えた。畑の隅の物干場には、Fの靴下が長い一本の細引に沢山掛けてあつた。
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