の思索の得意ツて、一体何よ?」
「形はない。」厭に言葉にこだはりやアがつてうるさい女だ――と彼は思つた。此奴、案外俺の腹の空ツぽを知つてゐて、遠廻しに嘲笑してゐるのかな……そんな邪推を廻らせたりした。そんならそれで、此方にも了見があるぞ――彼は、薄ら眠い頭の隅に、出たらめな力を忍ばせたりした。そして彼は、一寸Fの顔を見あげた。彼の椅子の肘掛に半分腰掛けてゐるFは、微笑を湛へながら庭を眺めてゐた。その白い顔には、まともに陽が射してゐる為か、頤から頬へかけての輪廊が、水蜜桃のそれのやうにふはりと滲んで見えた。
「お前の思索なんて怪しいものだ。」とFは云つて、彼の顔を見下した。畜生奴! やつぱり俺が想像した通りだつたんだ――彼はさう気附くと、たつた今忍ばせた力は突然何処かへ吹き飛んでしまつて、わけもない気恥しい気持ばかりがグツと喉に詰つた。そして彼は、Fの青く澄んだ眼を、思はず見あげた瞬間には、極めて女々しい涙が胸中に拡つて行く、奇妙な恍惚感に打たれた。
――――――
「また眠らうとする!」
Fは、鋭く彼の肩を握つた。
「あゝ、俺は白痴だ。」そんなことを彼は呟いた。
「それで、お前の学校
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