てしまつた。そして内心Fの博学に舌を巻いた。……此方の無学を発《あば》かれぬうちに一刻も早く話題を転じよう……と彼は思つた。夫々の詩人の特質どころか、学校でキーツの講義だけは少しばかり聞いたが、生憎教師が低い声で、末席にばかり坐つてゐる彼には教科書に仮名をつけることも出来なかつた。
「お前は誰が好き?」
「僕は日本の白秋・北原は好きだ。」
「お前自身は詩は作らないの?」
「嘗て、一度も……」
「そして今後は?」
「多分駄目だらう。」
「お前は、たつた今思索が得意だと云つたが、それは主に哲学的思索なの?」
「……」彼は、空腹に酒を呷《あふ》つた時のやうにカツと顔のほてるのを感じた。彼は漸く口を動かして、
「Fは哲学者の本も読んでるの?」と訊くことで返答に代へた。
「私は哲学者は一人も知らない。」
 彼は、吻ツと胸を撫で下した。「僕は大体系統的には読んでゐる。僕には近代のものよりもどうもグリークのクラシックの方が面白い。」
 こゝで多少の智識でもあれば得々と弁じたてようと思つたのだが、生憎彼はそれ以上云ふことは無かつた。
「でも僕はそれらの哲学者を研究しようなんて少しも思はない。」
「お前
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