或る五月の朝の話
牧野信一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)美味《おい》しさう

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おべつか[#「おべつか」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)帰る/\
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「シン! シン!」
 夢の中で彼は、さう自分の名前を呼ばれてゐるのに気づいたが、と同時にギュツと頬ツぺたをつねりあげられたので、思はずぎよツとして眼を見開いた。――Fが酷い仏頂面をして彼を睨んでゐた。彼は、縁側の椅子に凭れてうたゝ寝をしてゐたのだ。
「失礼だ!」とFは叫んだ。「私はもう横浜へ帰る/\。」
「Fはあまり短気すぎるよ。」
 彼は、一寸具合が悪かつたので、云ひたくもない独言を放つて、椅子から身を起した。そして彼は、酷く六ヶ敷気な渋面をつくつて、自分だけのことを考へてゐるんだといふ風に、晴れた空を見あげた。五月の薄ら甘い朝の陽が、爽やかな感触で、さつき剃刀をあてたばかしの彼の頬にヒリヒリと、光るやうに沁みた。
「お前は若い梟だ。――お前は頭が鈍いから説明してやるが、私は愚といふ言葉の
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