やうに、少くとも毎日十本の胡瓜は食べただらう。
「お前もお食べな。」
Fは、さう云つて二本ばかりの胡瓜を彼に差し出した。彼は、相手にしなかつた。
「こんなに輝いた朝だから、これから海辺へ行つて見やうか、ランチをつくつて貰つて。」
「厭だ。」と彼は物憂げに答へた。知つた人にでも会ふと気恥しい、とも思つたのだ。
「お前は、ほんとうの梟だね。夜にならないとその眼を大きく開かない。」
「あゝ、早くフアヽザアが帰つてくれば好いな。」
「シンにはお友達は一人もないの? 稀《たま》にはお茶の集り位ゐしたらどうなの?」
「此方には一人もなくて寂しいんだ。だからFが来てゐると幸福なんだ。」と彼は云つて独り擽ぐつたく思つた。これ位ゐのお世辞を振りまかないとFには通じぬらしい。彼が、思ひ切つた誇張の言葉を用ひても、彼女は極めて自然にそれを享けた。その落着きと云はうか無神経と云はうか――それには彼も圧倒されたが、また別に呑気で面白かつた。思ふさまの歯の浮く科白をペラペラと云つてのけ得る相手として、彼は一寸面白くもあつた。
「尤も東京へ帰ると友達は沢山あるよ。」と彼は、安価な虚栄心から出鱈目を附け足した。
「
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