うと思ふからね……」
 私は、顔の見えない幕の中で、浴室の中から外の者に声をかけるやうに呼ばゝつた。
「部屋?」
「こゝで好いんだよ。」
「ぢや、八畳の方は子供の遊び所にしてしまつても好いの?」
「いゝよ……」――「だけど、寒い日には困るだらうな。」
「寒い時には今迄の方へ行つたら好いぢやないの、――それだつて、今までだつて毎日出かけてゐたわけでもないし……」
「もう好いよ。」と、私は、繊細い声で呟いだ。
 私は、椅子に坐り、テーブルの上に脚をのせてゐた。風がないので、細く吐き出した煙草の煙りは天井まで伸びて行つた。――私は、棚の上からいつか描いた自画像を取りおろして、そこに立てかけて眺めたりした。スケツチ板の小さな油絵である。
 これを見て、これが私の自画像であると思つた者はあまりなかつた。いかにも技が拙くて、似てゐないのである。それでも自分では何となく自分の片影が出てゐるやうに自惚れてもゐたが、今見直して見ると余計な力ばかりを入れすぎて、筆致が奇形にとげとげしくなり、色彩なども極めてあくどくなつてゐるのが好く解つた。或る友達が、何時かこれを見た時に、
「何処かの国の仮面《めん》を書
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